HOME » 人財育成資料室 » クレーム解決塾 » Ⅷ 不当要求とカスタマーハラスメント③
社員がカスハラにあうと身体的、精神的にダメージを負ってしまいます。
これは会社の「安全配慮義務」(労働契約法、労働安全衛生法)に違反し、放置してしまうと会社が責任を問われます。安全配慮義務に対しては、近年はハラスメントの防止など、社員が精神的にも健全に働くことができる職場を形成する配慮も求められています。
【違反事例】部下を守るどころか、部下を悪者にしてその場しのぎを図ろうとした
公立小学校の教諭A氏が、児童宅の飼犬に咬まれてケガをしたことに対して児童の父母に補償を求めた事案に対して、児童の父と祖父が学校を訪れ「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと非難してA氏に謝罪を求めました。
そこに同席していた小学校長YがA氏に謝罪を指示し、A氏は求められるままに床に膝をついて謝罪をしました。
A氏は謝罪の翌日から出勤できなくなり、病院で精神疾患(うつ病)と診断されるに至りました。
裁判所は、Yによる謝罪の強制は、児童の祖父らの理不尽な要求に対し、その場を穏便に収めるため安易に行動したというほかなく、A氏の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたもので、パワハラであり不法行為に当たると判断しました。
そして、Yの不法行為を前提に、使用者である自治体(市・県)は国家賠償法上の賠償責任を負うとして、治療費、休業損害、慰謝料など約 300 万円の支払いを命じました。
これはYによるパワハラとの判断ですが、そもそも児童の父び祖父は、犬に咬まれたことにつき賠償を受ける権利を持つはずの A氏に対し、A氏が教師であるという理由で賠償を放棄するように要求しており、およそ正当な要求とはいえないカスハラに該当する行為があったということができます。
〔甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件(甲府地判平成 30・11・13 労判1202号)〕
【違反が問われなかった事例】カスハラ対策を講じていて組織の責任が問われなかった
食品スーパーマーケット社の従業員C氏と、顧客Hとの間で、ポイントカードの取扱いをめぐり(会計後にポイントを付けることはできないとされていたところ、Hが会計後にポイント付与を求めたことを発端として)、Hに対するC氏の態度が「上から目線」であったなどとしてトラブルが発生しました。
複数回のトラブルの中では、Hがレジカウンターを蹴るなどして、C氏の通報により警察官が来店し、その場を収めるといったこともありました。
Hはスーパーマーケット社に対しC氏を辞めさせるように求めましたが、スーパーマーケット社の上司らはこれを断り、Hに謝罪するとともに、C氏を指導した旨を報告するなどしてコトを収めました。
その後、C氏は自身の労働契約の期間満了時に更新を拒否するとともに、Hの暴言及び乱暴な行為に対してスーパーマーケット社が生命、身体の安全確保の配慮をしなかったなどとして、スーパーマーケット社、Hに不法行為が成立すると主張し損害賠償(慰謝料 105 万円等)を請求しました。
裁判所は、確かにHの行動は粗暴で、周囲をおびえさせるものだが、人間に向けた暴力ではなく、専ら不満を顕わにするものであって犯罪として立件されるようなものではないと判断しました。そして、C氏は心因反応と診断されて治療を受けてはいるが、Hとはぶつかった方がやりやすいと周囲に述べるなど、あえて対峙することを望んでいたことも考慮すると、Hの行為が不法行為に当たるか疑問がある上、Hの行為によりC氏が精神的な障害という損害を負ったとは認められないと判断しました。
そしてスーパーマーケット社については、①接客トラブルにおける初期対応についてテキストを配付し指導している、②深夜も店員を 2 名体制とし、トラブル発生時の連絡・相談の方法など、トラブル対応の仕組みを整備している、③C氏とHのトラブル解決に向けて努力しているといったことを理由として、C氏に対する安全配慮義務違反があったとは認められないと判断したものでした。
〔まいばすけっと事件(東京地判平成30・11・2)〕
カスハラを行った顧客の側にも法的責任が発生します。
・怒鳴って相手に怒りをぶつける行為が過剰になれば「暴行罪」に
・SNSにさらすなどの行為をほのめかし、自分の要求を通そうとすれば「脅迫罪」や「恐喝罪」に
・相手を公衆の面前で罵倒すれば「侮辱罪」に当たる可能性があります。
特殊かもしれませんが、カスハラを行ったことに関する懲戒処分の可否が争われた裁判例も存在します。
【行為者の責任が問われた事例】カスハラ当事者の懲戒処分が認められた
地方公共団体の職員 D氏(男性)が、頻繁に利用するコンビニエンスストアにおいて、女性従業員らを不快にさせる不適切な言動を行っていました。それを理由の 1 つとして退職した従業員もいました。
さらにD氏は、コンビニの女性従業員Nさんに飲み物を買い与える口実でショーケースの前に連れて行き、わいせつな行為(Nさんの左手首をつかんでD氏の股間に触れさせる行為)を行いました。コンビニのオーナーはD氏の所属部署にこれを申告するなどしましたが、その後、このわいせつ行為等が新聞で報道されたことを契機として、D氏に対し停職 6 か月の懲戒処分を行いました。
D氏は懲戒処分の取消しを求めて訴訟を提起し、地裁と高裁は、いずれも懲戒処分が重すぎるなどとして処分を取り消す判断を行いましたが、最高裁は、D氏とNさんはコンビニの客と店員の関係に過ぎず、Nさんが笑顔で行動し、D氏による身体的接触に抵抗を示さなかったとしても、客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地があり、身体的接触についての同意があったとしてD氏に有利に評価することは相当ではないと判断しました。そして、D氏によるわいせつ行為が客と店員の関係にあって拒絶が困難であることに乗じて行われた厳しく非難されるべき行為であり、地方公共団体の公務一般に対する住民の信頼を大きく損なうものであることや、D氏の以前からの不適切な言動も合わせると、懲戒処分は重きに失するものとまではいえず、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲の逸脱・濫用はないとして、懲戒処分を妥当と判断しました。
〔加古川市事件(最三小判平成30・11・6 )〕
最近の事例としては、カスハラが原因で自死した社員が労災認定されるということも起きています。カスハラ行為が公になれば、社会的評価が低下することは当然予想されます。
ですから、会社はこうした社会的評価という観点からも、社員が加害者としてカスハラ行為を行うことがないように、予防のための周知・啓発もまた取り組まなければならない課題ということができます。